yuko1225










理と言うものが何であるのか

「割り切れない事がある」 という 理 があります

こうして どういう事なのか 自分で理解している状態 =理に適う

という事なのです(真実)


科学的に合致する 事は つまり どうなっているか 何をしているか 「わかっている」

と言う状態でありますが

科学は人間の心や人生、広範な行いには 最適解は持っていません


宗教の発生は 人の死を見て悲しむ人への愛がありました


理に叶わぬ宗教は邪教 の 意味は

自分が何をしているか 理解している 事が「正」 であり

自分が何をしているのか 理解せず 信じ込んでしまう 事が「邪」 であるという事です


これは人間のあらゆる行いについて言えます

一般の裁判では 罪の自覚がある場合 減免されます

信仰の中で 理解しないで信じる事は

例えば キリスト教ならば

弟子がイエス=キリストの 言葉の表面だけを「信じて」

間違った行いをしてしまう という事例です


普段の学業でも「ありますね」
科学でも「ありますね」

これについては 自分で考えてくださいw

仏陀の弟子の中で ほんとうに仏陀を「理解」出来ていた者は

「一人もいない」

だが弟子は仏陀の息吹を 大切に想い それを人に伝え続けた

開祖が愛しい からこそ それを信じる者は絶えない
「という事を理解しているならば正」
「わかってなければ 邪」

ここが 正邪の分け目です


つまり自分の行いが どういう事であるのか 分かってるのか 分かってないのか

「だけw」

宗教というものがどういうものであるか わからないから

日本人は 触らぬ神にたたりなし

と考えますが


自分の行いが 普遍的な意味で どういう事なのか 理解できている=正しい
理解できていない=邪

という一般論で説明すれば すぐに了解できるでしょう


歴史で言えば 後世の歴史家の判断 という 普遍的なまなざし
当時に生きていた人間よりも 後世の人間の方が冷静に事象を観察できる

というのが いわゆる 歴史家の視点 です


資本主義の真実は「欲望の追求」でしかありませんが

「今みなが一様に 経済こそが幸せだと信じ込んで 喜々として稼いでいます」

後世から見れば 愚かでしょう

資本主義者達は 危機感を覚え 資本主義の限界を察知しており

ブレーキをかけたり 道徳の力を求めたり 「現状、実は必死www」

だって このまま資本主義でいくと 人類は滅亡ですから

あたしはそれを知っている

だからこうして 道徳について お話しし 欲望の追求「だけ」では人類は回せない

事をお伝えしております


食わなきゃいけないし 稼がないと食えない だから金を稼ぐんだ
・・と目先の利益の追求を継続します が
「みんながその考えだと」
人類はやがて 食えなくなります

このあたりに 気づく かどうかでしょうか


宗教や道徳というものが いかに大切なのかは
実は 満足しないまま 永遠の夢を追う 資本主義では
理解できません

アレクサンダー大王が 征服者の頂点を 極めた時に
「もう征服する地がない」 と泣いたという
ここで 初めて 道徳の介入する余地が生じるのです

資本主義の欠陥は 満足しないで もっと欲しがり 永遠の欲望の充足を求める事です
「これ成立すると思います?w」

しないよねーw するわきゃないよねーw

でも、みなさんは まだ 夢の途中 なので 充足するまでわかりません


先ほど 自分が何を行っているか 分かっていないこと が 邪教 と申しましたが
まさに 資本主義は 邪教です
 

資本主義は永遠の充足を求める 愚行であり その先に 人類の滅亡があります

「わかっている人は 躍起になって出口を探しています」

滅亡したくないからw


A-欲望>仕事>稼ぐ>儲け>充足>幸せ

何も考えてませんし 疑っておらず 信じ込んで 実は普遍的な理解もしてません

Aをみなが一様に実行し続けると「末世が来ます」


永遠の欲望の充足を求めても 得られないよねw

わかっているのか いないのか?


このへんで 大きな歴史の中での 勝敗・正邪が分かれます


資本主義の「出口」は どこでしょうかw

永遠に青い鳥を 追う先には 人類の滅亡が待っています

物理的に不可能です


さて、みなさまは 資本主義だけで社会は成立せず

道徳や宗教の必要性を 理解 できましたか?



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